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総合的感染症予防

総合的感染症予防

感染症とは、ある特定の種類の細菌・ウイルス・真菌・寄生虫が人に感染して起こす病気の総称です。「ある特定の種類」と書きましたが、健康な人が感染症に罹る原因となるものは、全微生物の中のごく限られた一部です。そして、感染経路(うつるルート)は微生物の種類や環境によって様々で、「感染症予防」を考えるには常にそれぞれの理論を理解し、特異的な方法を考えていかなくてはなりません。さらに、免疫不全状態の方や、侵襲性操作については、まったく違う注意を払わなくてはなりません。

このウェブサイトは、病院やケア施設などでの感染症コントロールのサポートをすることを目的としています。ハンドハイジーン研究会を運営するゴージョージャパン社は手指消毒薬を製造販売しておりますが、ここでは現状手指消毒薬ではコントロールするのが難しい感染症も含めた、病院やケア施設に関連する感染症全体の予防法について、総合的に議論していきたいと思います。

以下のようにまとめて考えると単純かもしれません。

微生物グループ別

  • 細菌(芽胞形成菌以外を、全部ひとくくりに考える)
  • 真菌・芽胞細菌(このグループでひとくくり)
  • ウイルス(グループ化しないでおきましょう)

薬剤耐性遺伝子・毒素遺伝子の有無

  • 微生物の種類を考えずに薬剤耐性遺伝子を持っているか、毒素を産生するかどうかで分ける。

では各論を説明していきましょう。

(1)微生物グループ

細菌

  • グラム陰性・陽性に限らず芽胞形成菌以外の細菌に対しては、現在販売されている多くの手指用アルコール消毒薬は良く効いています。お使いの消毒薬のテスト結果でEN1500の判定基準に適合していれば、このグループの感染コントロールには効果を発揮すると考えてよいでしょう。

真菌・芽胞細菌

  • 真菌・芽胞形成細菌ともに、胞子や芽胞になるとアルコール消毒薬は効かなくなります。しかしいずれも分裂細胞(栄養細胞)状態では通常の細菌と同様に低水準消毒薬での消毒殺菌が可能です。
  • BacillusAspergillus などの胞子は人の手から頻繁に伝播するものではなく、外部の土埃や近隣の老朽建材由来のごみなどで持ち込まれることが知られていますので、免疫不全状態のハイリスクの患者さんについては病室の空調管理や清掃が重要です。 
  • Clostridium difficileは院内感染菌として重要なものです。
    (参考: 日本環境感染学会からわかりやすく解説した教育ツールが出ています。)
    http://www.kankyokansen.org/modules/publication/index.php?content_id=9
    米国CDCで推奨されている院内コントロール法は以下の通りです。
    http://www.cdc.gov/HAI/organisms/cdiff/Cdiff_faqs_HCP.html

    • Clostridium difficile感染患者は個室に移す。個室がない場合は同じ感染者と同室にする。
    • 感染経路は糞口感染ルートであり、患者の糞便が触れた環境から人の手を通して伝播する。したがって、医療従事者は常に手袋を着用すること。手袋脱装後は石けんと流水のみで手洗いすること。アルコールは殺菌効果がない。
      複雑な手指衛生法によって順守率が下がることが問題なので、院内でC. difficileアウトブレークがあった場合は、感染患者のケアをする医療者は石けんと流水のみで常に手洗いすることとした方がいい。
    • 下痢が収まるまで上記の対策を続ける(下痢が治った後も数日間菌を排出することが知られているので、施設によっては下痢がなくなってもしばらく個室隔離・細菌検査を続けるところもある)。

ウイルス

アルコールの効果の違いから、エンベロープがあるタイプと、ないタイプ(ノンエンベロープ)と分けて考えるのが一般的ですが、ここではアルコール消毒が流行コントロールに効果的なウイルスをひとくくりにして、そのほかのウイルスは個別に考えることをお奨めします。

  • アルコール消毒が対策に効果的なウイルス:
    アルコールによって効果的に死滅し、かつ人の手を介して流行が広がる可能性があるウイルス。

    1. インフルエンザウイルス(全亜型) 季節性インフルエンザ(H1N1、H3N2、B型)、鳥インフルエンザ(H5N1、H7N9、H5N8など)
    2. RSウイルス、ヒトライノウイルス  小児で重症化する可能性のある呼吸器感染症原因ウイルス、風邪のウイルス
    3. HIV、B型肝炎、C型肝炎ウイルス、エボラウイルス  これらは体液・血液を介して感染するものですが、アウトブレークの最中には、人の手や環境に付着したウイルスが体内に入るというルートも考えられます。
  • アルコールが効きにくいウイルス:
    人の手によって流行するルートが考えられるものの、アルコールに耐性のあるタイプ。

    1. ヒトノロウイルス アルコールに強い耐性を持っています。ヒトノロウイルスがpH2.5の模擬胃液中で20日間放置してもログリダクションは0.5~1程度であった(文献(1))という研究結果が報告されており、酸にも強い性質であることが知られています。
    2. アデノウイルス プロダクトやそれぞれの試験で結果が様々です。一つの総説ではABHR 2分間で死滅する(参考(2))とありました。プロダクトによっては30秒で5以上のログリダクションを示した(文献(3))、という報告もあります。呼吸器感染症のアウトブレークの原因となるウイルスの一つですので、プロダクトを選ぶ際には試験結果に注意してください。
  • アルコールが効く、効かないに関係なくほかの対策が重要なウイルス:
    1. 麻疹 飛沫核で感染(空気感染)し、基本再生産数(R0)が10以上ときわめて高いため(一人の感染者から10人以上に感染する)、手洗いがどうのという問題ではありません。ワクチンを打ちましょう。
    2. 結核 同様に飛沫核で感染しますが、呼吸器の保護が最も大切です。感染が疑われる患者さんのケアには、N95マスクに準じたPPEを装着しましょう。
    3. ポリオウイルス ワクチンを打ちましょう。ポリオ流行が続いている国、過去にポリオの輸出を経験した国への渡航には特に注意しましょう。
      http://www.polioeradication.org/Infectedcountries/PolioEmergency.aspx
    4. A型肝炎ウイルス 食品媒介感染症であり、近年のアウトブレークではいずれも食品(冷凍果物や魚介類)や河川水(東南アジアでは河川から分離されています)から感染が見られていますので、手指衛生にはそれほど関係ありませんが、感染症関連ウイルスの中では随一と言っていいほどアルコールに強い性質を持っています。危険な食品や水の十分な加熱が最も重要です。

(2)耐性遺伝子の有無

MRSAという名前は良く聞くものですが、普通の黄色ブドウ球菌との違いは耐性遺伝子(mecA)を獲得しているかどうかだけです。消毒薬の効き方などには全く違いはありません。
同様に、腸管出血性大腸菌(EHEC)も病気を起こす毒素を作る遺伝子を持っている大腸菌ですので、こちらも病気を起こさない普通の大腸菌と同じ方法で予防できます。

文献(1)Food Environ Virol. Published online 26 Oct, 2014 Persistence of Human Norovirus RT-qPCR Signals in Simulated Gasteric Fluid

参考(2)Public Health Agency of Canada
Adenovirus types 1, 2, 3, 4, 5 and 7 – Pathogen Safety Data Sheet
http://www.phac-aspc.gc.ca/lab-bio/res/psds-ftss/msds3e-eng.php#footnote2

文献(3)Antimicrob Resist Infect Control. 2013 Jun 12;2:19. doi: 10.1186/2047-2994-2-19. eCollection 2013.
Efficacy of hand rubs with a low alcohol concentration listed as effective by a national hospital hygiene society in Europe.
Kampf G