医療従事者向け手指衛生サイト Hand Hygiene 研究会

お問い合わせはコチラ

感染症トピックス

8月の注目トピックス – 手洗いと呼吸器感染症

カテゴリー:手指衛生

2015/08/31

8月から、その月の注目情報を独断的にピックアップし、定期的にご紹介していくことにしました。特段の事情がない限り毎月月末あたりに配信します。
業務の合間にざっと読んで、肩の力を抜きつつちょっと知識が増えたかも、といった場所になれば嬉しいです。

 8月はThe Lancet 8月6日配信号に掲載された論文(1)を中心に、ウイルス性呼吸器感染症の流行と手洗いとの関連性について、ご紹介したいと思います。

 2009年のパンデミックインフルエンザの流行以降、インフルエンザのウイルス学的、疫学的研究が非常に盛んに行われてきました。その中の重要なテーマの一つに、非薬理学的インターベンション(non-pharmaceutical intervention, NPI)があります。これは薬やワクチンを使わない介入の総称で、例えば大流行時に集会を禁止したり、学校を閉鎖するなどに加えて、マスクの着用や手洗いといったものが含まれます。
1918年のスペインインフルエンザ流行の解析などから、学校やイベントなど密度高く人が集まるのを強制的に止める政策を取った地域では、流行が早く終息したことが分かっています。そのため各国のパンデミック対策指針には、休校や集会の禁止といった項目が盛り込まれています。
では手洗いはインフルエンザの流行防止に本当に効果があるのでしょうか? 2009年のH1N1パンデミックの際に作成されたWHOの対策指針には、上記のような対策に加えて手洗いが推奨されていますが、手洗いが本当にインフルエンザなどのウイルス性呼吸器感染症の流行防止に効果があるのか(接触がインフルエンザの重要な感染ルートに含まれるか)という問題については、まだ科学的な議論に完全な決着がついてはいません。手洗いをやる意味が全くない、というほど反対の意見もあまりないと思いますが、確かに証明したと言える質の高い研究の数が少ないことが原因です。

この問題についての現状をよくまとめたものが論文(2) です。これはコックランレビューで、2006年までの2300タイトルの論文の中から、138報のフルペーパーがレビュー対象として抽出され、評価されました。
この中で、バイアスのレベルが低いとされた(つまり質の高い)論文が15報、中レベルなものが12報ありました。この全体の内容は、いつか別の機会に解説を作りたいと思いますが、今回特に手洗いの有効性だけに絞ってまとめると、低バイアス4報、中程度のものが5報でした。研究サイトは、病院、軍基地、学校、保育園など様々ですが、いずれも手洗いを多く実施したグループが、そうでないグループに比べてウイルス性呼吸器感染症(RSウイルス感染症、SARSなど)での入院率や発症数が低減したと報告しています。規模が最も大きかった研究は、1996年から1998年の3年間米国海軍基地の新入隊員合計136,225名を対象としたもので、一日4回以上の手洗いを義務付けることによって、呼吸器感染症の外来受診者数が3割低下したという結果を示しました。しかしこれは前後比較研究であったため、ランダム化コントロール実験ではないところが、まだ議論を残す原因となっています。

 このコックランレビューで評価対象となったランダム化コントロール実験は8件で、そのなかでバイアスの低い研究とされたのは、低所得地域(カラチ)に初めて抗菌石けんと手洗い法を導入した事例と、保育園のスタッフに手洗いを教育することで、24か月齢以下の幼児の呼吸器感染症が10%低減したことを示した研究の2例だけでした。これらの研究により、ケアする成人に適切な手洗いを教育すると、年齢の低い小児の呼吸器感染症予防に効果があることが明らかとされました。しかしまだ、年齢の高い小児や成人の発症予防効果については、議論を終結させるような証拠が得られていなかったのです。

 今回注目したThe Lancetの論文(1) は、手洗いのみのインターベンションによって、ウイルス性の呼吸器感染症の発症数が減ったことを示した、大規模ランダム化臨床試験の報告です。市中の一般成人20,066人を対象として、インターネットを通した手洗いや感染症に関する教育活動を行い、手洗い回数をモニターしフィードバックするという、単純な介入のみを実施しました。そして16週間後コントロールグループと比較して、呼吸器感染症発症数が14%少なかったことを報告しました。

 この論文で明らかとなった重要な事項は以下の2点です。一つは、ウイルス性呼吸器感染症の伝播経路には、呼吸器を介したものだけでなく、手が媒介する接触感染ルートもあるのだとする議論に、一つの答えを与えたということです。これまでの多くのNPI関連研究と違って、今回の研究ではマスクなどの他のインターベンションを完全に除外して、手洗いだけの効果を見ました。したがって、ウイルス性の呼吸器感染症においても、手洗いをきちんと実施することで十分な予防効果があることが示されたのです。医薬品を使う薬理学的なインターベンションと違い、その費用は極めて安価であるため、14%という違いでもその費用対効果は絶大であると考えられます。
 第二に、インターネットという極めて汎用的で安価な方法によって、16週間という短い期間ではあるものの、人の行動を変えて手洗い回数を増やすことに成功したという点です。Appendixで公開されたデータによると、4か月後のフォローアップで、一日10回以上手洗いしたと回答した人の割合は、開始時やコントロールグループと比較しておよそ1.4倍に増え、介入グループの8割が一日7回以上手洗いするようになったということでした。
インターネットで公開された教育の内容は、この論文付録に添付されたURLによって確認することができましたが、感染ルートや手洗いの重要性、良くある誤解の解決など、単純に正論を並べた、特に驚くほどの工夫にこらしたものではありませんでした。それでも、きちんと理解が進めば人の行動が変わる可能性があるということは、私たちにとっても勇気づけられる結果です。

<文献>
(1) The Lancet Published Online: 06 August 2015
An internet-delivered handwashing intervention to modify influenza-like illness and respiratory infection transmission (PRIMIT): a primary care randomised trial
Paul Little, et al.

(2) BMJ 2008; 336:77
Physical interventions to interrupt or reduce the spread of respiratory viruses.
Jefferson T, et al.

 このコーナーは月一回書いていきます。次回は9月の月末にまたお届けします。
 ゴージョージャパン学術

«   »