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感染症トピックス

12月のトピックス ― 新しいコリスチン耐性遺伝子

カテゴリー:多剤耐性

2015/12/29

 発端は2015年11月18日にLancet Infectious Diseasesに発表された中国からの研究論文でした(1)。この論文の著者らは、食肉と食用家畜における抗生物質耐性サーベイランスの過程でコリスチン耐性の大腸菌を分離し、新しい耐性遺伝子を発見したと報告しました。

 コリスチンはポリミキシンEとも呼ばれ、1950年代には日本や欧米諸国で臨床でもよく使われていましたが、腎毒性のため1980年代以降徐々にその使用が避けられるようになりました。しかし近年多剤耐性グラム陰性菌の種類や数が増加するのに伴い、治療選択の”最後の砦“としての存在価値が高まっています(詳しくは総説(2))。

 これまでは、ポリミキシン耐性遺伝子は染色体上にコードされた物しか知られていませんでしたが、今回中国の研究グループが見つけたのは、プラスミドに乗った全く新しいmcr-1という遺伝子でした。プラスミド上にあるということは水平伝播が考えられますが、実際にこの研究グループは、接合実験によってmcr-1遺伝子が大腸菌間で1/10~1/1000の確率で移動することを確認し、さらにKlebsiella pneumoniaePseudomonas aeruginosa においても安定に保持されることを確かめました。
 中国で2011年~2013年の間にサンプリングした大腸菌分離株を調べたところ、生肉523サンプル中78(5%)、804動物サンプルのうち166(21%)からmcr-1遺伝子が見つかりました。さらに、大腸菌感染と診断された患者1,322人のうち16人の分離大腸菌からもこのmcr-1遺伝子が確認されました。

 この論文が発表されてから、各国で同様の遺伝子が見つかったとの報告が同誌のCommunication欄に相次いで寄せられました(3-5)。
 オランダでは過去に人の糞便から分離された(2012年11月~2013年11月)菌株コレクションの中で、6株の大腸菌がmcr-1遺伝子を持っていることが確認されました。
 また、ラオス、タイ、フランス、ナイジェリアそしてアルジェリアで、以前からコリスチン耐性大腸菌の存在を確認していたフランスの研究グループが調べたところ、彼らが2012年と2015年に分離した耐性大腸菌19株中12株はmcr-1遺伝子を持ち、その遺伝子配列は中国で見つかったものと100% 相同でした。このサンプルの多くは臨床分離株でしたが、人だけでなくラオスでは豚、アルジェリアでは鶏からも同じ遺伝子を持った大腸菌が分離されており、アジア・アフリカ大陸において既にこの耐性遺伝子が流行していることが示唆されました。
 2011年ポルトガルの食肉から分離されたSalmonella Typhimurium に同じ遺伝子があることを確認した香港の研究者は、そのプラスミドのバックボーンが中国南部でSalmonellaから分離されたものと99%相同であったことなどから、中国本土でサルモネラ菌に移った可能性を示唆しています。
 またこれとは別に中国の研究者が1,267人の人糞便サンプルのデータセットを調べたところ、2011年よりも前に取ったと考えられる3人の腸内細菌の中にmcr-1遺伝子があるのを見つけました。この研究者らは、このコリスチン耐性mcr-1遺伝子は少なくとも数年前から中国内で水平伝播しており、当初の予想よりも移動性が高く既に世界中に広がっている可能性があると述べています(6)。
 オランダの血流感染分離株の中から確認されたmcr-1大腸菌は、ごく限られた抗生物質(カルバペネム)にしか感受性でなかったということで、もしこの菌にカルバペネム耐性が追加されたら治療の選択肢がほとんどなくなってしまうと論文では述べられていました(7)。

 コリスチンは数十年に渡って世界各地で家畜に使われてきました。European Medicines Agencyは2013年、家畜へのコリスチンの使用についてのレポートを発行し、そもそもの家畜投与効果への疑問がある上に人の治療への影響も考えられることから、今後監視を強化するとともにもし水平伝播するタイプの耐性遺伝子が見つかることがあれば、即座に対策を取るようにと警鐘を発していました(9)。
 抗生物質適正使用の法制化が進められている米国では、治療目的以外の家畜への抗菌薬使用の禁止がFDAから提案され、現在関係者との調整が進められています(8)。
 日本では家畜への抗生物質使用は少ないというイメージをお持ちの方もいるかもしれませんが、コリスチンは飼料添加物として承認されており、日本のメーカーも製造販売しています。日本における規制は主に食品に残留することを観点に決められているため、食肉化3日前までには投薬を止めるといった決まりはありますが、家畜における抗生物質耐性の現状については筆者が調べた限りデータはあまり取られていないようです。

 家畜や食品から耐性遺伝子が人に伝播して、それが実際の臨床に影響を及ぼすのかといった点には疑問を呈する人たちはいるようですが、既に人の腸内にこの耐性遺伝子を持った菌が存在することは事実として確認されており、さらに調査が深まればその数が増えることは想像に難くありません。他の薬剤耐性と同様、遺伝子が病原性の高い細菌に移動したり、耐性菌が免疫状態の悪い患者さんに感染するまで待たなくても、今のうちに可能な対策があるならやっておくに越したことはありません。

文献
(1)Emergence of plasmid-mediated colistin resistance mechanism MCR-1 in animals and human beings in China: a microbiological and molecular biological study
Yi-Yun Liu, et al.
The Lancet Infectious Diseases, Published Online: 18 November 2015

(2)Colistin: The Revival of Polymyxins for the Management of Multidrug-Resistant Gram-Negative Bacterial Infections
Matthew E. Falagas and Sofia K. Kasiakou

(3) Dissemination of the mcr-1 colistin resistance gene.
Maris S Arcilla, et al.

(4) Dissemination of the mcr-1 colistin resistance gene.
Abiola Olumuyiwa Olaitan, et al.

(5) Dissemination of the mcr-1 colistin resistance gene.
Herman Tse, Kwok-Yung Yuen

(6) More MCR-1 findings lead to calls to ban ag use of colistin
CIDRAP news

(7) Detection of mcr-1 encoding plasmid-mediated colistin-resistant Escherichia coli isolates from human bloodstream infection and imported chicken meat, Denmark 2015.
H Hasman, et al.
Eurosurveillance, Volume 20, Issue 49, 10 December 2015

(7)FDA: Judicious Use of Antimicrobials

(8)Use of colistin products in animals within the European Union: development of resistance and possible impact on human and animal health (pdf)

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