医療従事者向け手指衛生サイト Hand Hygiene 研究会

お問い合わせはコチラ

感染症トピックス

2016年7月のトピックス - NICUにおける抗菌薬適正使用

2016/07/29

 SCOUT study というプロジェクトが米国の複数の大学や病院で実施されています。感染症の種類や実施施設によって内容に違いはありますが、その名前の由来どおり(SCOUT: Surveillance and Correction of Unnecessary Antibiotic Therapy)、不必要な抗菌薬使用を制限するという考え方が中心になっています。例えばPhiladelphiaおよびPittsburghの2ヶ所の小児病院が協同で申請している臨床研究は、UTI(尿路感染症)の治療期間(通常10-14日間)を5日間にするというもので、746人の小児が参加する予定だそうです。

 今回The Lancet Infectious Diseases で公開された論文(1)は、米国テキサス大学等によってダラスのParkland病院のNICUを対象に行われた介入研究をまとめたものです。
 このNICUは90床あり年間1400人が入院します。本研究では、14ヶ月のベースライン調査を実施した後、3つのターゲットを定めて新しい抗菌薬処方のルールを作りました。このベースライン期間の調査内容は別の論文で発表されています(3)が、抗菌薬を使用された例のうちわずか5%しか培養で確認されなかった、とありました。つまり培養で確認されることなく多くの例で抗菌薬が投与されていたということが明らかにされたのです。そこでこの調査を元に設定された3つのターゲットとは、(1) “rule-out sepsis course”:敗血症らしく見えるが実際は感染症でない場合は抗菌薬治療を中止する。これを徹底するために、電子カルテ上自動的に48時間でアンピシリン、ジェンタミシンそしてオキシシリンの処方がストップすることとした(継続する場合はマニュアルで再オーダーする)、(2)培養陰性の肺炎と(3)培養陰性の敗血症の抗菌薬治療期間を5日間とすること、でした。
 9ヶ月間の介入期間の結果、抗菌薬の延べ使用日数は27%減少し、ベースライン期間93%を占めていた3種の抗菌薬の使用はそれぞれ31%、30%、そして24%減少したということです。
 気になるアウトカムとしては、筆者らは患者の安全性に大きな変わりはなかったと記載していますが、NICU滞在期間は介入期間中7~8日間延びることとなりました。しかし、MDRの定着が見られた患者の割合は1.4%から1%に減少しました。
 この論文に対するコメントとして、イタリアのPaolo ManzoniとAlberto Dall’Agnolaは、治療の期間を決めるラボ確定診断やガイドラインがないため、抗菌薬の適正使用も重要だが、感染症予防を推進することで抗菌薬の使用量を減少できるのではないか、と述べています(2)。
 

文献
(1) Reducing unnecessary antibiotic use in the neonatal intensive care unit (SCOUT): a prospective interrupted time-series study
Joseph B Cantey, et al
The Lancet Infectious Diseases: Online First

(2) Reducing unnecessary antibiotic exposure in preterm neonates: an achievable goal
Paolo Manzoni and Alberto Dall’Agnola
The Lancet Infectious Diseases: Comment

(3) Pediatr Infect Dis J. 2015 Mar;34(3):267-72.
Prospective surveillance of antibiotic use in the neonatal intensive care unit: results from the SCOUT study.
Cantey JB, Wozniak PS, Sánchez PJ.

10月のトピックス - 成人のRSウイルス感染症

2015/10/29

 RS ウイルス(以下RSV)感染症のことは、乳幼児でのみ注意が必要なものと認識されている方が多いのではないかと思います。1歳未満の小児が感染すると細気管支炎や肺炎に至る割合が高く、特に生後数週から数カ月の期間における感染に注意が必要です。RSウイルスは生涯を通じて何度も感染しますが、成人においては普通の風邪程度の軽症に終わることが多いとされていました(参考)。

 一方、文献(1)にあるように、65歳以上の高齢者においても重症化の割合が高いとする報告もいくつか見られます。文献(1)はアメリカで実施されたコホートスタディ(1999年~2003年冬季のみ)ですが、健常高齢者のRSV感染症罹患率はインフルエンザの2倍以上で、入院患者における罹患率、重症度や死亡率は両者ほぼ同じであったことが明らかにされています。インフルエンザにはワクチンがありますので、市中での罹患率が低いのは当然かもしれませんが、重症度が同程度であるとする情報は重要です。

 今回18歳以上の成人におけるRSV感染症の疾病負荷(disease burden)について、数理モデル(注1)によって推測した結果がイギリスから報告されました(文献2)。
重要なポイントを下記に箇条書きで示します。
(1) GPエピソード(かかりつけ医訪問)全数において、呼吸器疾患(respiratory disease)へのRSV感染症の寄与はインフルエンザの1.1倍、気管支炎/細気管支炎(Bronchitis/ bronchiolitis)には1.6倍であった。
(2) RSV感染症関連と推測されるすべてのGPエピソードの52.5%は18歳以上の成人であった。成人例中65歳以上の高齢者が占める割合は、GPエピソードの36%、入院の79%、死亡の93%と、重症例は高齢者がほとんどを占めた。
(3) RSV感染症はインフルエンザと異なり流行に季節性がなかった。
(4) 成人では2001年以降、GPエピソード、入院そして死亡のいずれにおいてもインフルエンザよりもRSV感染症の寄与が高かった。

 RSVは免疫学的にあるいは遺伝学的に(PCR)検査診断することが出来ます。イギリスでは呼吸器疾患で入院した小児でのみ、ラボラトリー診断を行っているそうです。日本でも小児科定点での届け出が義務付けられた5類感染症ですので、いずれも確定診断を伴う疫学情報は小児に限られます。リスクの高い小児で確定診断するのは、流行の動向を監視するという点からも重要な意味を持ちますが、今のところ診断できても治療法がないので、患者さんにとっての実利的な意味は、非常にハイリスクの方(抗体医薬での治療が必要となります)に対して以外は、それほどないと言えます。

 今回高齢者を含めた全年齢層の成人で、RSV感染症の疾病負荷はインフルエンザと同等かむしろ高いとする結果が示されましたが、これはあくまでも数理モデルによる推計です。今後実際に診断を含めた前向き研究が進んで同様な結果が得られてくれば、インフルエンザと同様の対策がRSV感染に対しても必要であるという結論になるでしょう。

 RSVのワクチン開発は精力的に進められています。
PATH開発ラインには10以上の候補が載っており、そのうち2種がすでに第二相試験中です。
治療薬は一応ありますが、これまで承認された治療薬は抗体医薬(とリバビリン)で、リスクの高い患者にのみ使われる高額な薬です。いわゆるインフルエンザに対するタミフルのような、ウイルスの増殖や融合を阻害する物質の開発も各社で進行していますが、文献(3)の総説以降の最新開発状況については、また次の新しいトピックスがあったときに改めてお届けしようと思います。

 ちなみに、ワクチンがない現在予防にもっとも効果的なのは「手洗い」です。CDCのウェブサイトにも予防法の第一として書かれてあります。RSVはエンベロープを持った、環境に弱いウイルスで、エタノール消毒も効果的です。

(注1)
ここで用いられた統計学的手法は、重回帰時系列モデル(multiple regression time-series modelling)というものです。アウトカムごとに(呼吸器感染症、急性上気道疾患、細気管支炎など)それぞれに対するRSV感染症とインフルエンザの関与率を、イギリス全国レベルのサーベイランスデータを使って算出しています。

(文献)
(1)Respiratory Syncytial Virus Infection in Elderly and High-Risk Adults.
Ann R. Falsey, et al.
N Engl J Med 2005; 352:1749-1759April 28, 2005
(2)Modelling estimates of the burden of Respiratory Syncytial virus infection in adults and the elderly in the United Kingdom.
Douglas M. Fleming, et al.
BMC Infectious Diseases 2015, 15:443

(3)Pharmacologic Advances in the Treatment and Prevention of Respiratory Syncytial Virus.
Kerry M. Empey, et al
Clin Infect Dis. 2010 May 1; 50(9): 1258–1267.

(参考)厚生労働省
(1) RSウイルス感染症Q&A(平成26年12月26日)
(2) IDWR 2004年第22週号(2004年5月24日~30日)掲載
RSウイルス感染症

手足口病(沖縄とシンガポール)

2015/03/24

 沖縄で麻疹と疑われた複数の患者検体は、検査の結果手足口病(FMD)であることが明らかとなったそうです。手足口病は通常乳幼児で流行するウイルス性感染症ですが、今同地域では成人でも発症が確認されているそうです(1)。

 一方シンガポールでも手足口病の流行が報じられており、昨年同時期の2倍の患者数が報告されているということです(2)。

 手足口病は多くの場合自然治癒し経過は良好ですが、ワクチンや治療薬はありません。発症初期の症状は麻疹とよく似かよっており、鑑別診断には技術(PCR等)が必要です。ちなみに原因ウイルスはエンテロウイルスに属し、アルコール消毒の効果は低いことが予想されます。感染が疑われる場合は、登園・登校・出勤等人に触れる機会を避けることが重要です。

(1) ProMED-mail Date: Wed 18 Mar 2015
HAND, FOOT & MOUTH DISEASE – JAPAN (OKINAWA)

(2) ProMED-mail: Date: Thu 19 Mar 2015
HAND, FOOT & MOUTH DISEASE – SINGAPORE: ALERT

1 / 3123