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セクション1 手指衛生の概要(前半)

(連載第一回)セクション1前半

 感染管理において手指衛生が重要であることを院内の皆さんに納得していただくのに、ご苦労されているIP(感染管理担当者)は、日本同様アメリカでも多いようです。医療施設において組織だって感染管理することは、日本でも2006年改正の医療法で求められているところですが、院内感染対策指針と対策委員会を作っても、実質的に機能させていくのは難しいという話も聞きます。そういった状況を打開するためのひとつのツールとして、上層部やスタッフの皆さんを説得する材料や、エビデンスが数多く揃っていると便利です。APICの手指衛生ガイドも、他のガイドラインと同様最初の章において、医療関連感染の問題の大きさ、原理、エビデンスの質などについて概論を述べています。

手指衛生の歴史的背景

 周囲を説得するのに歴史を述べる必要があるかどうかは別にして、いつごろから医療施設における手指衛生が重視されるようになったかを把握しておくのは、役に立つかもしれません。APICガイドの年表には、1985年にCDCが医療従事者向けの初めての手指衛生ガイドラインを作成、と記載しています。

参考までにWHOのガイドラインでは、国が制定した最初の手指衛生のガイドラインとして1981年および1985年のふたつのCDCガイドラインを挙げています。1981年の“Guidelines for Environmental Infection Control in Health-Care Facilities”そのものはCDCライブラリーから見つけ出せなかったのですが、AJICに論文化されて掲載されています(1)。これが世界初の、医療施設における手指衛生に特化した国家的ガイドラインであるということですが、このときには既に侵襲的操作の前には”必ず手を洗うこと“、と明記されています。

その後このガイドラインは1985年に改定され、APICガイドの年表にもある”Guideline for Handwashing and Hospital Environmental Control, 1985“となりました。ここで初めて冒頭に、” Handwashing is the single most important procedure for preventing nosocomial infections.(手洗いは、たったひとつの最も有効な院内感染予防法である)“という文言が登場しました。ただしここではまだ、手洗いとは擦り合わせて洗って水で流すという動作のこと、と定義されており、アルコールによる手指消毒は概念として現れていません(2)。

 APICガイドの年表によると、このガイドラインが公開されて後、1990年台になってOSHA、HICPAC、APICといった団体が次々と設立され、これらが合同で委員会を組織してCDCとともに手指衛生のガイドラインを全面改訂したということになります。それが2002年のCDC“Guideline for Hand Hygiene in Health-Care Settings”(3)となりました。

 1985年のガイドラインでは、患者の創傷から出てくる菌や、感染症患者の周辺に触れたときに手指衛生するようにとの記述にとどまっていました。しかし2002年のCDCガイドラインで、傷だけでなく健常皮膚にも病原菌がいるということや、角質片が毎日100万個落ちることが指摘され、傷のあるなしに関わらず患者やその周辺環境に触れた後に必ず手指衛生するようにとの勧告に変わりました。ここで多くの皆さんが良くご存知の、手指衛生をするA~Nの指標が提唱されたのです。

手指衛生とHAIの予防

 手指衛生の重要性を述べる前に、医療関連感染症の状況がどのくらい深刻なのか(Disease burden)数字を挙げて説明する場合があります。APICのガイドではこの部分はとても簡略化して表現されていますが、参照している文献は参考になるかもしれません。

APICガイドで参照しているのは2報の論文で(APICガイド論文番号17、18)、いずれも医療施設関連感染に関わる経済コストについて論じたものですが、数字を推定するためのベースとしているのは、同じ2002年の論文です(4)。この論文は現在に至ってもHAIの負荷を論じるのにしばしば参照されていますが、主に1990年~2000年のNNISデータに頼っており、この時期の参加病院は300施設に限られています。したがってここで発表されているHAI発生数やそれに伴う死亡者数は、一部病院のデータを拡大した推定値であることに注意が必要です。

このAPICガイドには書かれていませんが、これより後の米国における直近の情報は論文発表され、かつCDCのウェブサイトに掲載されています(5)。2014年に発表された2011年のデータよると、米国急性期病院におけるHAI発生数は721,800件でした。

 世界的な状況はWHOのガイドライン3章、The burden of health care-associated infectionに詳しく記載されていますが、参照されているデータは十分と言えず、HAIの実態を表す数字はいまだに非常に限られているといえるでしょう。

文中の文献(1)〜(4)の出典については、次回の連載(後半)をご覧ください。

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